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東京高等裁判所 昭和45年(行ケ)124号 判決 1977年10月05日

原告

古河電気工業株式会社

右代表者

舟橋正夫

右訴訟代理人弁理士

植木繁

若林広志

被告

特許庁長官

熊谷善二

右指定代理人

渡辺清秀

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判<省略>

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は本訴請求の原因として次のとおり述べた。

(特許庁における手続)

一  原告は、特許第四二五、三九一号発明「OFケーブルの製造方法」(昭和三六年一月一七日特許出願、昭和三八年一〇月一八日出願公告、昭和三九年五月二八日登録)の特許権者であるが、昭和四三年六月二五日右発明の明細書中、特許請求の範囲の第六行目及び発明の詳細な説明の第一頁右欄第一二行目の各「しかる後」の次にれぞれ「金属シースの端末に真空を保持したまゝで給油装置を接続し、該装置より」を挿入する趣旨の訂正について審判を請求した(昭和四三年審判第五三四三号)ところ、特許庁は昭和四五年九月二二日右請求は成り立たない旨、本訴請求の趣旨掲記の審決をし、その謄本は同年一一月二四日原告に送達された。

(審決の理由)

二 右審決は次のように要約される理由を示している。

本件審判請求のとおり訂正した場合における特許請求の範囲の記載された事項によつて構成される本件発明(前者)と実願昭三七―三一九六三号の考案(実公昭三九―六六三七号)(後者)とを比較すると、両者は、真空ポンプによつて排気されるタンク内にケーブルコアーを置いて脱湿、脱ガスし、この乾燥状態のケーブルコアーを、真空を保持しうる連結部分を通して前記のタンク内より金属被覆機に導き、その金属被覆機によつてケーブルコアーに真空下で金属被覆を施すという経時的な工程を経てOFケーブルを製造する技術手段である点において一致し、ただ、(1)前者の特許請求の範囲には金属被覆を施した後「端末を密封し、しかる後金属シースの端末に真空を保持したままで給油装置を接続し、該装置より金属シース内に絶縁油を注入しケーブルコアーを浸潤せしめる」と記載されているのに対し、後者の登録請求の範囲にはその記載がない点及び(2)前者の特許請求の範囲における末尾の記載が「製造方法」であるのに対し、後者の登録請求の範囲における末尾の記載が「装置」である点において相違する。ところが右相違点の(1)については、後者の登録請求の範囲には「……OFケーブルの製造……」と明記され、かつ、実用新案の説明には「金属被覆を行なつたOFケーブルは直ちに絶縁油を充填される」と記載されている点からみると、後者においても、金属被覆を行なつた後OFケーブル体に仕上げるため端末を密封した金属シース内に真空を保持したまま絶縁油を注入する工程を必須とすることは自明の事柄であり、また、前者において金属シースに絶縁油を注入するため給油装置をシースの端末に接続した構成は極めて当然かつ通常の技術的手段にすぎないから、これらの構成が後者の登録請求の範囲に記載されているか否かによつて後者を前者と別個の発明ないし考案と認めることはできない。また、同(2)については、前者の製造方法と後者の装置を通常の用法で使用した場合の工程とを対応させ、同時に前者の製造方法に使用される装置と後者の装置とを対応させて比較検討すると、両者はその目的及び作用効果に格別の差異がなく、単に方法的に捉えて「製造方法」としたか、経時的に使用される個個の装置のあつまりを捉えて「装置」としたかの表現上の差異があるにすぎず、その技術思想においては実質的に同一のものと認められる。したがつて、右引用の考案は、本件発明と同一のものと認められるところ、実用新案法施行法第二一条第一項に基づく旧実用新案法第五条の規定により、出願変更前の特許出願日である昭和三四年一月一七日出願されたものとみなされ、本件発明の先願にかかるから、本件発明は、その明細書を本件審判請求のとおり訂正しても、特許法第三九条第三項の規定により、その出願の際独立して特許を受けることができなかつたものと認められる故、その訂正は特許法第一二六条第三項の規定に違反するものとしてこれを認めることができない。

(審決の取消事由)

三 右審決の理由中、本件審判請求のとおり訂正した場合における本件発明の特許請求の範囲の記載事項によつて構成される発明と審決引用の考案との間に審決認定の一致点及び相違点があること、右考案において金属被覆を行なつた後OFケーブル体に仕上げるため金属シース内に真空を保持したままで絶縁油を注入する工程を必須とすることが自明の事柄であること、右考案が昭和三四年一月一七日に出願されたものとみなされることは争わない。しかしながら、審決は、次のように誤つた判断のもとになされたものであるから、違法であつて、取消されるべきである。

(一)  審決が、引用考案は、その登録請求の範囲に「端末を密封し、しかる後金属シースの端末に真空を保持したままで給油装置を接続し、該装置より金属シース内に絶縁油を注入しケーブルコアーを浸潤せしめる」工程の記載がない(前記相違点の(1))からといつて、本件発明と別個の発明ないし考案と認められないと判断したのは事実誤認に基づくものである。すなわち、引用考案によつて製造されたOFケーブル本体に通例の密封及び注油工程を施せば、その端末部に大気が封入されて拡散するため、真空下のプレス工程によつて得られたシース内の真空の度合が低下することは明らかである。これに対し、本件発明の前記工程中、「真空を保持したままで」とはその前の工程によつて得られたシース内の真空度を低下させることなくという意味であること明細書の記載特に端末処理の実施例の記載から明らかである。したがつて、本件発明の右工程は、OFケーブルの製造における新規な手段であり、しかも引用考案の到達できない効果を奏するものであるが、審決はこれを看過している。

(二)  次に、審決が、本件発明の「製造方法」と引用考案の「装置」とは(前記相違点の(2))、表現上の差異にすぎず、技術思想において実質的に同一であると判断したのは法律の解釈適用の誤りによるものである。すなわち、特許法第二条第三項は、物の発明と物を生産する方法の発明とを明らかに区別し、それぞれについて格別にその実施の意義を規定し、また、追加特許に関する特許法第三一条第三号及び併合出願に関する同法第三八条ただし書第三号は、製造方法の発明とその実施に使用する装置の発明とを別発明とし、ただ両者間の緊密性に鑑み特に追加特許あるいは併合出願の途を設けている。したがつて、本件発明と引用考案とは、その意味において実質的に相違するものであるから、審決の判断は右規定の存在を無視したものである。

第三  答弁<省略>

第四  証拠<省略>

理由

一前掲請求の原因事実中、原告が特許権を有するその主張の特許発明について、明細書の訂正審判請求に対する審決の成立に至るまでの特許庁における手続、訂正の趣旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。

二そこで、右審決の取消事由の有無について判断する。

(一)  本件審判請求のとおり訂正した場合における特許請求範囲の記載事項によつて構成される本件発明が審決引用の実用新案と、審決認定のように、排気されるタンク内にケーブルコアーを置いて脱湿、脱ガスし、この乾燥状態のケーブルコアーを、真空を保持しうる連結部分を通して前記タンク内より金属被覆機に導き、その金属被覆機によつてケーブルコアーに真空下で金属被覆を施すという経時的な工程を経てOFケーブルを製造する技術手段である点において一致することは原告の認めて争わないところである。

ところが、本件発明の右訂正後の特許請求の範囲に「端末を密封し、しかる後金属シースの端末に真空を保持したままで給油装置を接続し、その装置より金属シース内に絶縁油を注入しケーブルコアーを浸潤せしめる」との記載があり、その工程中給油装置のシース端末への接続を「真空を保持したままで」行うということが、その前の工程によつて得られたシース(<証拠>によれば、審決引用の考案の説明書においては、これを「金属被覆」と称していることが認められる。)内の真空度を低下させることなく行うという意味であることは当事者間に争いがなく、本件発明が前記のようなOFケーブル製造の技術手段たること及びその特許請求の範囲における右記載の全体に徴すると、給油装置の接続の前に行われるのは「ケーブルコアーに真空下で金属被覆を施す」工程であることが明らかである。そして、<証拠>によれば、本件発明の明細書中発明の詳細な説明には、従来OFケーブルの製造においては、ケーブルコアーに金属シースを施す際、ケーブルコアーが大気にさらされて湿気を吸収してしまうので、金属シース内に絶縁油を注入するに当り、いわゆる二次乾燥として、金属シース内の脱気、脱水を必要とし、これがため、その製品の出来上りに缺点を伴つたが、本件発明はそのような二次乾燥方式に代る乾燥方法を案出したものであつて、その訂正にかかる構成をもつてすれば、なるほど、真空下に得られた真空度を低下することなく、そのシース内に絶縁油を注入するため、二次乾燥を回避して良好なOFケーブルを製造する効果を奏することが認められる。

しかし、一方<証拠>によれば、審決引用の実用新案の説明書中、登録請求の範囲には「……ケーブルコアーを真空状態に保ちながら……金属被覆を行なう……」との記載があり、考案の説明には、その効果として「真空状態においたまま外気にさらされることなく、金属被覆を行う。」、「金属被覆を行なつたOFケーブルは直ちに絶縁油を充填される。」「金属被覆後に脱湿、脱ガス操作を行う必要がない。」との記載(第二頁第四ないし第一一行)、また、従来のOFケーブル製造方法として、「……シースを被覆する。次にシース被覆中に吸湿した水分とガスを除焚するために、再び乾燥炉中でシース内を真空にして脱湿、脱ガス操作を作(ママ)なつている。」(第一頁左欄下から第一七ないし第一〇行)、「一般には前に述べた金属被覆後OF式浸油を行なつている。以上の通りであつて乾紙の吸湿速度および脱ガスされたOF油の吸ガス速度は著しく大であるので、高能率で完全な製造方法が久しく待望されていた。本考案は、従来の欠点を除去し、上記のような要望を満たすため考えられたものである。」(第一頁右欄第一三ないし第二一行)との記載があることが認められ、その記載を総合すれば、引用考案は、OFケーブル製造に関する技術として、従来の二次乾燥方式に代え、ケーブルコアーを真空状態に保持したまま、外気にさらされることなく金属被覆を行い、続いて、絶縁油をシースに注入することにし、これに必要な手段を設けたものであることが認められる。したがつて、その考案の要旨は真空状態においてケーブルコアーに金属被覆を行うことを特徴とするが、これをOFケーブル体に仕上げるには金属シースにその真空状態を保持したまま絶縁油を注入する工程を必要とすることは自明の事項である。そして、右工程において金属シースの真空状態を保持するにはその端末部を密封する慣用手段を用いれば足りるものと解される。原告はそれでは端末部に大気が封入されて拡張するため、シース内の真空度が低下すると主張するが、これについての論証はない。また、本件発明の特許請求の範囲にも、右工程において金属シースの真空状態を保持するため慣用手段と異る特別の構成が示されているわけではない。

してみると、本件発明と引用考案とはその構成及び作用効果において実質的に同一であるというべきである。もつとも、本件発明の特許請求の範囲には、前記のとおり、引用考案の登録請求範囲と異り、金属シースにその真空状態を保持したまま絶縁油を注入する工程が記載されているが、それは上記のように慣用手段を用いる自明の事項が付加されているにすぎないから、両者の同一性を左右するものではない。

したがつて、審決にこの点の事実認定に誤りがあるとはいえない。

(二)  次に、本件発明の特許請求の範囲、引用考案の登録請求範囲の各末尾の記載がそれぞれ「製造方法」、「製造装置」であることは当事者間に争いがないが、このことは、両者の技術思想における実質的同一性を認める妨げとなるものではなく、右技術思想を方法の面からと、装置の面からとそれぞれ捉えているにすぎないものと解するのが相当である。原告は、方法の発明と物(装置)の発明(考案)とは特許法の規定上別発明とされているから、本件発明と引用考案とを同一と判断したのは誤りである旨を主張するが、追加特許(第三一条第二、第三号)、併合出願(第三八条ただし書第二、第三号)、特許権侵害(第一〇一条)の各要件を定めるため設けられた方法の発明と物の発明との概念上の区別はいわゆる先願主義の適用上先後願における発明(考案)の同一性判断の基準とは無縁のものであるから、右主張は理由がない。

(三)  そして、引用考案が本件発明の特許出願前である昭和三四年一月一七日出願したものとみなされることは原告の争わないところであるから、本件発明について本件審判請求にかかる明細書の訂正を認めても、引用考案との関係において特許法第三九条第三項の規定の適用を受け、その出願の際独立して特許を受けることができなかつたものというべきであるから、審決がこれと同様の判断のもとに右訂正を同法第一二六条第三項の規定に違反するものとして認めなかつたのは正当というべきであつて、審決に原告主張のような違法はないものといわなければならない。

三<以下、略>

(駒田駿太郎 石井敬二郎 橋本攻)

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